「林檎と柚子のホットワイン」のレシピも収録したオリジナルショートストーリー!
1月4日にシリーズ第3弾が発売になるのに先駆けて、料理上手の主人公・七穂特製の、クリスマスのディナーをもっと豊かにするホットワインのレシピをご紹介。本サイトだけで読める書き下ろしショートストーリーとともにお楽しみください。
アドベント・カレンダーのご褒美で、年末の大掃除も楽しく
そんなこんなで、用意したお菓子は全部で二十四個になった。石狩七穂はその一つ一つに、油性マジックで文字を書き込んでいった。形状的に書きづらいものは、付箋を貼って対応することにする。
「えーっと……マカロンは大きいから玄関にしておこうかな。こっちの飴ちゃんは食器棚の引き出しにしよう」
「……何やってるの、七穂ちゃん」
和室のちゃぶ台を陣取り、一人ぶつぶつと作業をしていたら、ここ我楽亭(がらくてい)で一緒に暮らしている幼なじみが声をかけてきた。
同居人の名は結羽木隆司(ゆうき・たかし)。直接の血の繋がりはないが家系図的には従兄(いとこ)にあたり、感覚的には一緒にいて心地いい恋人である。
「ん、ちょっとね。アドベント・カレンダーを作ってるとこなんだよ。隆司君はこういうの知ってる?」
七穂も紅茶メーカーが出したアドベント・カレンダーを、奮発して購入したことがあった。十二月の頭から毎日日替わりで色々なお茶を飲めたのは、実にわくわくして楽しかった。全部飲み終えた後のカレンダー自体は、翌年以降も使えたので、こうして自分でご褒美を仕込み直しているのである。
「それは知ってるんだけど。俺がわからないのは、入れるお菓子に『窓拭き』とか『洗濯槽』とか書いてあることだよ」
なるほど。確かにそれは一見意味不明かもしれない。
七穂はワトソン役に説明する探偵の気持ちで、解説をしてあげた。
「十二月ってほら、忙しいじゃない? 忘年会だクリスマスだってばたばたしてたら、あっというまに除夜の鐘でハッピーニューイヤー。私、『KAJINANA』の仕事はぎりぎりまで入れてるし、大晦日(おおみそか)の一日でこの家全部掃除するとか絶対嫌なのよ。だからこのアドベント・カレンダーを利用して、一日一個お菓子を食べるかわりにそこに書かれたところを片付けたり掃除することにしたの。家の気になるところも二十四分割すれば一箇所あたりの負担もだいぶ減るでしょ?」
「それはもはや……大掃除カレンダーであってアドベントじゃないんじゃ……」
「いいじゃないのー。クリスマスまでにすっきりさっぱりよ。日本人として安心してお正月の準備ができるってもんじゃない」
「私がやりたくてやってるんだから、これはこれでいいの!」
七穂は付箋のついた苺のヌガーを、『1』のボックスに入れて蓋(ふた)を閉めた。
ウイスキーボンボンのかわりに入っていたのは?
ボックスに入れたお菓子は順調になくなっていき、かわりに昭和初期の香り高い古民家もそれなりに片付いていったわけだが。
「……あれ?」
十二月二十四日の夜だった。
仕事から帰ってきた七穂が、いざカレンダーの最後のボックスを開けてみたら、ご褒美のお菓子が入っていなかった。
(どういうこと? 私、もしかして入れ忘れた? 一個ずれて食べてたとか?)
そんなはずはないと思いつつ、他のボックスを開ける。やはり空だったので、『24』のボックスをのぞき込んだ。
逆さまにして振ると、畳の上にぽとりと小さな何かが落ちた。
「そこに入ってたウイスキーボンボンだったら、俺がもらったよ」
隆司だった。
人が楽しみにしていた最後の一個──ラストだったのでけっこういいのを入れていたのだ──を、まさか横取りされるとは思わなかった。犯人の隆司ときたら、何が悪いのかとばかりに平然としている。
「一応、書いてあった廊下の拭き掃除は、俺がやっておいたけど」
「だからって、黙って持ってくことないじゃない。ひどいよ。マラソンのゴールテープを先に切られた気分!」
「うん。だからかわりのプレゼントも、そこに入れておいたと思うんだけど」
七穂は目を丸くし、あらためて自分の足下を見直した。
『24』のボックスからこぼれ落ちたのは、小さな古い鍵だった。
「これ……洋館の鍵だよね」
「そう。クリスマスだしさ、今日ぐらいは何曲でも弾くよ」
隆司は線の細い顔をほころばせた。
ここ『我楽亭』には離れの洋館があり、そこにはグランドピアノが置いてあるのだ。本人は腕が落ちたと言ってあまり弾きたがらないが、七穂は彼のピアノが大好きだった。
本当にずるい。これでは怒るに怒れないではないか。こんな──最高のクリスマスプレゼント!
拾い上げた鍵が貴重なコンサートのチケットのように思え、さっそく離れに向かおうとした七穂だが、途中で気が変わった。
「七穂ちゃん?」
「これは手ぶらじゃもったいない!」
行き先変更。まずは台所に向かった。
林檎と生姜と柚子と白ワインでつくるホットワイン!
「ワイン開けるよー」
クリスマス用に買ってあった白ワインを、ここで開封させてもらう。砂糖も加えるので辛口なのは幸いだった。
(んー、いい匂い。滅茶苦茶あったまりそう)
このグラスを持って、演奏会場に向かうことにした。
離れの洋館は、短い渡り廊下で母屋と繫がっている。入り口のドアを開ける鍵は、たったいまアドベント・カレンダー経由で七穂が持っていた。
隆司に見守られながらドアを開けると書斎があり、その奥がグランドピアノが置かれたサンルームだ。
「この家、ツリーとかあったんだ」
「じいさんが昔買ったみたいだよ。書斎の奥にしまってあった」
そう言われれば、七穂たちが小さかった頃に、この屋敷でクリスマスを祝ったこともあった。あの頃は輸入物の大きなツリーだと思っていたが、実は自分の背よりも小さいものだったのか。
「それじゃ、始めてもいい?」
ちょっと芝居がかった調子で隆司が言う。もちろんだ。七穂は用意されていた椅子に座り、隆司はピアノの丸椅子に腰を下ろした。
林檎の甘みに柚子の鮮烈な香りが溶け合い、そこに生姜が加わって体の内側から温まる気がした。
隆司が弾き始めたのは、懐かしい映画音楽だった。そう、坂本龍一の『Merry Christmas Mr.Lawrence』。
──ああ、いいな。
すっきりとした白ワインにほのかな和風味の喉ごしが、東洋とも西洋ともつかない不思議な旋律とよく似合っている。
(ありがと、隆司君)
七穂が始めたアドベント・カレンダー。
二十四個目の箱には、素敵な音楽が詰まっていた。
著者プロフィール
1999年度ノベル大賞佳作受賞を経てコバルト文庫よりデビュー。以降、少女小説、ライトノベル、漫画原作など多方面で活躍する。著書に、「おいしいベランダ。」「谷中びんづめカフェ竹善」「犬飼いちゃんと猫飼い先生」「石狩七穂のつくりおき」などの各シリーズ、『恋するアクアリウム。』『つばめ館ポットラック~謎か料理をご持参ください~』『音無橋、たもと屋の純情 旅立つ人への天津飯』など多数。最新刊は『旦那の同僚がエルフかもしれません』。
1月4日発売、待望のシリーズ第3弾!
詳しくはこちら
好評の既刊も要チェック!
『石狩七穂のつくりおき 猫と肉じゃが、はじめました』(ポプラ文庫ピュアフル)
求職中の七穂は、疎遠になっていた親戚の隆司が休職したと聞く。エリート街道まっしぐらのイケメンだった隆司だが、今や祖父の残した古民家に閉じこもり、盆栽いじりと居ついた猫の相手をするほかは、万年床で寝るばかりのとぼけた青年になり果てていた。抜群の家事能力を生かし隆司のお食事&見守り当番として奮闘する七穂だが、やがて彼が休職した本当の理由を知り……。
シリーズ第二弾!
『石狩七穂のつくりおき 家事は猫の手も借りたい?』(ポプラ文庫ピュアフル)
四季折々の植物が生い茂り、猫が訪れる古民家で、隆司と暮らしはじめた七穂。抜群の家事能力を生かして立ち上げた家事代行サービス「KAJINANA」にも、「対等で完璧な折半」を目指す共働き夫婦や、幼い娘のために亡くなった妻のカレーの味を再現してほしいという夫などから、さまざまな依頼が舞い込んできて――。